長野県有数の観光地である長野県白馬村。冬はスキー、夏は登山へ向かう観光客が多い村だが、観光客でにぎわっていそうな宿泊施設が密集している地区を抜けて、山を登りたどり着く旅館が『小谷温泉 大湯元 山田旅館』だ。小谷と書いて(おたり)と読む。
白馬のはずれ、ほぼ新潟の小谷村という場所にある山田旅館は、江戸時代建築の本館を始め新館、浴室、土蔵等、木造建築6棟が文化庁の登録有形文化財というスーパー老舗旅館。江戸、明治、大正、平成とそれぞれの時代に建築された建物が軒を連ね、昔ながらの湯治場の風情を大切に残している。
そんな山田旅館を訪れたのは、もちろん登録有形文化財に指定されている建屋である江戸時代につくられた本館に宿泊するためである。
山田旅館に宿泊する方法は、電話のみ。私は宿泊予約が電話のみという施設が大好き。PCやスマホからネットで簡単に予約できる時代に、あえてハードルを残したままにしている施設を訪問してハズレだったことが無い。
私が今までに訪問した宿の中でも後藤温泉客舎、梅屋旅館、新むつ旅館等、他にもあるがこれらは電話予約のみの宿で、とってもとっても素晴らしい宿ばかりだった。
予約時の電話で「江戸時代に建てられた本館は、とても古いですよ。お客様によっては気になってしまうような部分がたくさんあると思いますよ。それでも大丈夫でしょうか。」と念押しの確認もしてくれた。その気遣いがとてもうれしく「古いのがいいんです!あざっす!」と元気よくお願いしてしまった。結論から言うと、手入れがとても行き届いている山田旅館の建屋は、古いからといって施設として気になる部分なんてどこにもなかったのだが。
山田旅館は小谷温泉という温泉が湧く地域にある。小谷温泉にはかつては数件の旅館があったようだが、今はこの山田旅館の一軒のみ。
立派な玄関で受付を済ませると、宿の方が宿泊する部屋まで案内してくださった。笑顔で館内の説明を親切にしてくださりながら部屋まで連れて行ってくれる。
すでに布団を敷いてくれている綺麗に整えられた部屋。とても広くて開放感があり、過ごしやすい。
予約時にもチェックイン時にも宿の方から「本館は江戸時代に建てられた建物なので、古いんですよ。本当に良いですか?ご不満に思われるところもあるかもしれません。」なんて言われていたけど、全然気にならないくらいにキレイで安心感すら感じる。さすが文化財だ。どうやら歩いた時の音や、他の部屋の話し声が気になる人もいるらしい。ちょっと音が気になりそうな人は、新しくて作りがしっかりしている別館を利用しよう。
秋になるとカメムシ等の外から入ってきてしまう虫もけっこういるらしい。それは仕方ない。夜の暗いうちは電気を消すか障子を閉めておこう。
浴衣、タオルも完備
温泉は元湯と新湯の2本の自家源泉があり、大切に管理されている。温泉はすぐ裏手から適温で湧き出るので、加水や加温する事なく、そのままの状態で浴槽に掛け流しされている。
元湯の源泉は現夢の湯(うつつのゆ)と呼ばれていて、武田信玄の家臣によって発見されたものらしい。宿の方がおっしゃるには、日本を代表する素晴らしい温泉として、草津や登別、別府と並んで明治時代にドイツでの温泉万博へ出展されたこともあるらしい。明治時代にドイツで温泉万博なんてやってたんだ……。
100年以上変わらない浴槽で、奥の滝から湯が落とされていた。
寝ながら湯を楽しめる。客は誰もいなかったので、気持ち良すぎて寝てしまいそうだった。
ラドンを含む重曹泉は、めちゃくちゃ気持ちがいい。ずっと入ってられる泉質と温度。良質で効能豊かといわれている温泉であるため、昔から湯治療養に用いられていたそう。旅館内には、最近では珍しくなった湯治客用の自炊施設もあった。長期の滞在にもばっちり対応できる。
別館の奥にある外湯は宮大工の手により改装された展望風呂。
大昔にあった外湯を8年前に再建した外湯は、風呂から長野の自然を一望できる開放感に溢れる温泉だ。
外湯へ出る前の場所にも檜の内風呂とシャワーの設備もある。 冬期(11月4日〜4月20日)は外湯は閉鎖されているらしい。元湯は年中無休。
めちゃくちゃ景色が良い露天風呂。
前述のとおり、眺めが良い温泉はずっと入ってられる温度なので、出るタイミングが難しくなる。
外湯のある別館はリニューアルされたばかりなのかとても綺麗で、温泉から出た後もゆっくりとくつろげるスペースが充実していた。
晩ご飯は長野県、新潟県の豊かな山の幸といった、地元の食材が使われている田舎料理。山菜やキノコ、魚、文句なしに美味しい。小谷は1時間ほどで新潟県側の日本海に出るくらいに海が近いので、海の幸も新鮮。手作りのご飯はどれも優しい味で、体がとても休まるものだった。
朝ごはんもちょうどいい量。美味しい。お腹いっぱいになりすぎないので、長野県内グルメ旅行がとても捗った。
本館にある湯治のための自炊場所。昔ながらの湯治場の風情が感じられるつつも、とても料理がしやすそうな様子だった。これで長期療養のための宿泊も安心。
ガスは自動販売機で売られていた。初めて見た。
小谷温泉は飲むこともできる。館内と外に飲泉場があった。
飲用の温泉は、糖尿病、通風、肝臓病、慢性消化器病に効果があるらしい。
元湯のある新館は大正3年建築、宮大工によって作られた木造3階建て。ザ・老舗旅館という感じの建物だった。
外湯につながる平成元年に完成された鉄筋コンクリート造りの3階建ての別館はどこもキレイ。エレベーターもあるバリアフリーな建物だった。
館内のどの建物もそれぞれの良さを感じられる素晴らしい建築だった。
本館が経つよりもさらに前からあったとされている小さな薬師堂。この温泉へ病の療養にきた湯治客にとって、祈願の施設として使われていたらしい。
本館は19世紀の江戸時代建築、木造3階建て。200年近く豪雪に耐えてきた建物だけあって重厚な作り。宿泊部屋は2~3階で、1階の部屋は見学用。囲炉裏のある茶の間や神棚からは歴史を感じる。その奥には立派な3部屋続きのお座敷があった。
旅館入口のわき、少し離れた場所にある石垣の上に建つ明治42年建築の新土蔵、小谷温泉山田資料館も文化財だ。
小谷温泉についての建築資料等が展示されていた。
少々不便な場所があるが、旅館には必要最低限のものは揃っている。とても便利というわけではないが正直ちょう気持ちいい温泉と歴史ある文化財の建屋があれば他に何もいらないだろうという満足度。何より旅館の方々のとても優しい心遣いがとても嬉しくなる温かい旅館だった。新しいものを取り入れてきながら歴史を積み重ねた趣きと、雄大な自然環境に溶け込んだ、日本の原風景を感じる旅館だった。何泊でもしたい。
山田旅館は、名百山のひとつである雨飾山の登山基地にもなっていて、都合が合えば、雨飾高原キャンプ場の一角の駐車スペースを確保してくれるサービスもあるそう。長野県北部の旅行や、新潟方面の旅行の拠点にも絶好の場所となる旅館だった。
2021年7月訪問
「小谷温泉 大湯元 山田旅館」について
アクセス :大糸線南小谷駅より村営路線バス小谷線 小谷温泉山田旅館前 降車
長野自動車道 安曇野ICから車で80分くらい
上信越自動車道 長野ICから車で80分くらい
住所 :長野県北安曇郡小谷村中土18836
予約電話 :0261-85-1221
公式サイト:https://otari-onsen.net/index.php?FrontPage
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