羊の肉は独特のクサみがあり苦手という意識がある人もいると思う。それで羊肉を敬遠しているとはもったいない!東京人に50年近く前からうまい羊肉を食べさせてきた老舗が、神田の中国料理店『龍水楼』だ。この店に行こう。国内の他の店では味わえない料理を提供してくれる。それは「シュワンヤンロウ(涮羊肉)」「三不粘」「杏仁豆腐」だ。
高い予約のハードルをクリアしてでも訪問したい
この店は、前述の名物料理が食べられる夜の部の来店条件のハードルが他の店に比べ、べらぼうに高い。
・完全予約制
・ディナーが開始できる時間は17時から18時半までの間のみ
・遅刻は厳禁
・5人以上での参加が必須
・電話番号は携帯と固定電話のものを告げる
・勤務先の社名が必要(無職はどうしよう……)
・20時30分までには絶対退店。
という条件がある点がネックとなり、なかなか気軽には訪問できないのが惜しい。しかしこれは、龍水楼の絶品料理を間違いなく、美味しいタイミングで食べてほしいという店側からの願いが込められているためだ。条件をクリアして予約した分、期待が高まる。そして店も期待以上のおもてなしで応えてくれる。
このブログを見て、シュワンヤンロウを食べたい!と思ったはいいものの、友達がいない、定職に就いていない、時間にだらしがないという人は、せっかくだから己の暮らしを見つめ直し、龍水楼に挑戦できるようになってみるのもいいかもしれない。それか私を誘ってくれ。
夜の料理はコースのみとなっており、5,500円、8,800円のコースから選べる。どちらのコースを選んでもメインの料理は間違いなく食べられるので安心してほしい。
シュワンヤンロウの前にまずは前菜の大皿料理を食べる。揚げ物や豆腐、湯葉、砂肝、葛切り、エビの揚げ物が出てきて、すでに全部美味い。
最近は新型コロナウイルスの感染拡大対策のため、最初から銀皿に小分けにした状態で提供してくださった。
しゃぶしゃぶの起源「シュワンヤンロウ」
そして前菜を食べ終わると、目の前に鍋が置かれてメイン料理の出番だ。
龍水楼の名物、「シュワンヤンロウ」は中国・北京で生まれた、しゃぶしゃぶのルーツとも言われている鍋である。シュワンヤンロウは漢字で表すと「涮羊肉」。「涮」とは、すすぐという動作を表す漢字であり、羊肉を熱湯ですすぐようにくぐらせて食べるので涮羊肉だ。まさにしゃぶしゃぶと同じ。
シュワンヤンロウに使う肉は、生後3~4か月の生のラムを薄切りにしたもの。これがわんこそば方式で4セット提供される。食べ終わりそうになるタイミングでどんどん追加されてくる。羊肉は足りなそうなら、予約時にお願いをすることで一皿550円で追加できる。(来店後の追加は不可)
炭火を熱源にした、独特の形状をした専用の鍋が目の前に置かれると、みんなのテンションが一気に高まる。薄くスライスされた羊肉を鍋の中で遭難しないように、慎重に湯にくぐらせると肉にすぐ火が通る。
シュワンヤンロウ専用の鍋は、ガス火で熱するタイプもあるそうなのだが、やはり炭を使うのいいそう。炭火はガス火よりも火力が出て、すぐに出汁が沸騰し、複数人でどんどん具をしゃぶしゃぶしていっても温度も下がらない。みんなで美味しく食べるなら炭火だ。
提供されたときには「薄っ!」と思った肉も、良い感じに身が縮んで食感も楽しめるようになる。弾力があるのに、とても柔らかい。よく「クセのないラム」という表現があるが、このラム肉はそればかりではない。マトンのアクのつよさとは一味違う羊の旨みとコクがある。
必聴。ご主人の中国料理講義
シュワンヤンロウをはじめとした龍水楼で提供される料理の秘訣や歴史を店主の箱守不二雄さんは、独特の口調でまるで落語のように説明してくださる。 これを聴きに行くだけでも価値があるほど面白い。笑いに包まれた食卓となる。
箱守さんが言われるには、中国や欧州では、大衆店から高級店とあらゆる場面で使われるメジャーな食肉である羊肉が、日本では牛肉のように広まらなかったのは、最初に国内にマトン(生後1年以上の羊肉)が紹介されたためだそう。やはり第一印象って大事。マトン独特のくさみ。それが良いという人もいるが、万人受けはしない。一方、羊肉がメジャーな国では歴史的に、くさみの強いマトンではなく、クセがなく柔らかいラム(生後1年未満の子羊)肉の魅力が浸透しているのだという。もし日本で最初に広められたのがマトンではなくラムだったら、「ヘルシーミート」「ダイエットミート」と呼ばれている羊肉は、日本でももっと食べられている肉になっていただろうと箱守さんは推測する。
さらにしゃぶしゃぶのタレもすごい。鍋を囲むように置かれた小皿は芝麻醤(胡麻ペースト)や腐乳、豆板醤、胡麻油、パクチー、老酒など10種類の調味料や薬味。これを好きな比率で混ぜて好みの味のタレにする。豪快に全部混ぜてよし。箱守さんからもそうするのが一番美味しいのだと勧められる。ちなみに私は芝麻醤多め、ニンニク多め、ニラだくにするのが好き。好きな割合を見つけて自分だけのオリジナル最強ダレを作ろう。さらに箸休め的にニンニクのはちみつ漬けもあった。これも美味い。
定期的に北京へ調査に赴く箱守さんによると、シュワンヤロウは、本場北京でも簡略化されており、龍水楼はオールドスタイルらしい。今では龍水楼スタイルで食べさせる店は中国でも少ないのだそう。
ラムを食べ終わったあとは、青菜と麺、羊肉の水餃子をたっぷり入れて引き続き鍋を楽しむ。もうお腹いっぱいだ。だが、お楽しみはまだ2回も残されている。
絶妙なタイミングで提供されるジャスミン茶をいただきながら、強力な味で疲れた舌をリセットして待つ。
日本でも中国でもレアな幻のスイーツ「三不粘」
龍水楼に来る客の最大の目当てであろう品物が、デザートの三不粘(サンプチャン)だ。鮮やかな黄色の三不粘は、粘り気のあるスライム状なのに、「歯につかない、箸につかない、皿につかない」という特徴から付けられた料理名。YouTubeや鉄鍋のジャンの6巻等の料理漫画にも登場することがあるので、食べたことはないけれど、存在は知っているという人も多いだろう。三笠宮崇仁親王もよく食べられた品だそう。(予約時に秘書が毎回「今回アレ絶対にありますよね?!」としつこいくらい念押し確認してたらしい。)
三不粘は卵黄、砂糖とデンプンに、ラードを加えながら熱を加えている数分間のうちに何百回も攪拌してつくる中国版カスタード菓子。ものすごく粘るのに、口の中で歯切れよくプチンと切れる。うまく例えようがない不思議で魅惑的な口当たりの、食べ心地の良いスイーツだった。めちゃくちゃめちゃくちゃとってもとっても美味しい。「自分は三不粘を食べたことがあるんだぞ!」と色々な人に自慢しまくりたくなるくらいに美味しい。この三不粘を作りたての絶妙なタイミングで出してくれる。そりゃ予約時間の遅刻は厳禁になる。
三不粘は、北京の「同和居」という店が発祥の料理。日本でその存在が広く知られるはるか前から龍水楼では提供されていた。前述のとおり、使う材料は卵黄に砂糖とデンプンとラードのみとシンプルで、作る作業が非常にハード。(箱守さん的にはそれほどでも?らしいが)
三不粘は材料と作り方がシンプルが故に味の差が出やすく、そして疲れるということで、誰でも作れるが、誰も作りたがらない料理だそう。中国でも自信を持って提供されているのは同和居を含めて数店舗らしく。日本でも店のメニューとしているのは数人しかいないという点で幻のスイーツと呼ばれている。
三不粘は、かの中国清王朝のラストエンペラー、愛新覚羅溥儀の弟、溥傑の家族が日本に移った後も故郷で食べた味が忘られず、探しに探して龍水楼にたどり着き、足しげく通っていたそう。しかし龍水楼の三不粘はかなり日本人が美味しく食べられるようにアレンジされていている。本場北京のものは砂糖が倍で非常に甘く、ラードが倍で茶碗に入れないといけないくらいにサラサラ。箸ではなくスプーンじゃないと食べられないくらいに柔らかいそう。それほどに材料の比率が変わっても、本場の王族に故郷の味だと認められるクオリティがすごい。
私は龍水楼の杏仁豆腐が世界一美味しいと思う
龍水楼といえば、シュワンヤンロウと三不粘が名物で、実際書籍やウェブ上で発信しているどの人もこの二つを注目しているのだが、私はこの店の杏仁豆腐が好きで好きで仕方がない。何度も龍水楼に通い、私の一番の目的になったのはこの「本当の杏仁豆腐」。この杏仁豆腐が食べたいが故に、シュワンヤンロウと三不粘をダシにして一緒に来てくれる人を集って店の予約をするようになったくらいだ。
龍水楼の杏仁豆腐は牛乳を使っていない。アンズの天神様(中心にある種のそのまた奥の殻に包まれた部分)だけを使っている。もともと杏仁豆腐の「杏仁」とはこの部分のことをいうのだ。いわゆるアーモンドと同じ部分。
杏仁豆腐が浸かったシロップのまわりに浮いているのは、キンモクセイ(桂花)の花。これが杏仁豆腐の香りをとても華やかにしている。箱守さんは、限られた1週間だけのキンモクセイの花が開くシーズンに、木を傷つけることなく落ちたばかりの花だけを優しく収穫しまくりシロップに漬け保存している。この1週間で1年分を収穫しておくというのだから箱守さんはかなり気合を入れている。
中国でも加工用に取引がされていて、よくキンモクセイが生息している地域の住民は、シーズンに大量収穫して加工工場に持っていきお金を得ているそう。道にお金が落ちているのと同じだから、かなり盛り上がっているらしい。
杏仁は実は、北杏と南杏の2種類がある。南杏は甘みが強く、杏仁豆腐を作る時は南杏だけを使ったり、北杏と南杏をブレンドして作る事がある。一方、北杏の特徴としては苦味があり、漢方として使われる事が多い。この北杏が絶妙な比率で使われているおかげで、甘いだけではない、ほんのり苦みも感じる杏仁豆腐になっている。そして私はすっかりこのオトナな杏仁豆腐の虜になってしまっている。 毎日食後に食べたい。
お酒はグラスで飲めるビールや老酒の他にも、ボトルで注文する汾酒や桂花陳酒があった。シュワンヤンロウにとても合う。
とにかく料理が矢継ぎ早に来るので、食べて飲んで食べまくってあっという間の1時間半くらい。居心地がいい店で、ずっと楽しんでいたくなるが、箱守さんご夫婦も翌日の仕込みがありご高齢のため、20時30分には退店しなければならない。その辺のペースを考えて飲み切ろう。会話をゆっくり楽しみたい飲み会には不向きだが、必然的に円卓を囲んでコミュニケーションを取る形式になるので、すごい充実感を得られる。
ランチも美味い
龍水楼はランチも営業している。ランチを楽しむには夜とは違い予約は不要だ。オフィス街に立地しているためか、サラリーマンが通いやすい価格で提供されている。
麻婆豆腐の定食と冷やしそば。どちらも美味しかった。あ~これこれ!っていう味。昼からも仕事を頑張れる。
ずっと残っていてほしい店だけれど、この料理を作りだせるのはご主人の箱守さんだけ。ご自身のことを「町のラーメン屋」と謙遜して言われるが、その料理はどれもハイクオリティ。間違いなく本格中国料理店だ。できるだけ通って味わえるだけ味わいたい。訪問するたびに箱守さんは「繁盛したい。繁盛したい。」と言われているので、シュワンヤンロウと三不粘に興味を持った人は、ぜひ訪れてもらいたい。きっと一生の思い出に残る店になるはず。
2015年1月初訪問
「龍水楼」について
アクセス:地下鉄 小川町駅、新御茶ノ水駅から徒歩5分くらい
住所 :東京都千代田区神田錦町1丁目8−1
営業時間:11:30~14:00/17:00~21:00(日・祝休、ランチは平日のみ)
公式HP :http://ryusuirou.gourmet.coocan.jp/
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